天皇が生前退位された場合の年号は何のでしょう?変わるタイミングはいつなのでしょうか?天皇陛下が生前退位のご意向だということから、生前退位後の年号(元号)は何になる?タイミングはいつ?と話が出ています。元号制廃止論まで出てきています。これについて考えました。

天皇が変わるタイミングで、
元号も廃止しようと云う意見が出ていますが、私はこの意見には賛同できません。

   ■関連記事:天皇が生前退位されて時の元号を予想や候補は?
   →生前退位した場合の年号(元号)の候補は?

また、天皇陛下が生前退位された時の新しい年号(元号)は何になるかもネットの予想から拾ってみました。
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出典:http://blog.goo.ne.jp/raishou0213/e/192302cb87eba753372564118dcf686a

↑小渕元首相のこのシーンが懐かしいですね。掲げる前に向きを確認していたのが印象深いです。夕方でしたでしょうか。テレビも慌ただしい感じだったのを覚えています。この時から平成になりました。日本では戦争こそありませんでしたが、震災が起き復興が合言葉になりました。

天皇陛下が生前退位された場合の年号(元号)は?

まず、
【元号法】では、「皇位継承があった場合、元号を改める」といった主旨があります。

今回は生前退位です。

今の課題の一つです。

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では、
元号はいつからあるのでしょうか?

それは大化の改新からと言われています。(本当はもっと昔から存在していたのですが、歴史学会は抹殺しています。)

大化
白雉
朱鳥
大宝
慶雲
和銅
霊亀
養老
神亀
天平
天平感宝
天平勝宝
天平宝字
天平神護
神護景雲
宝亀
天応
延暦
大同
弘仁
天長
承和
嘉祥
仁寿
斉衡
天安
貞観
元慶
仁和
寛平
昌泰
延喜
延長
承平
天慶
天暦
天徳
応和
康保
安和
天禄
天延
貞元
天元
永観
寛和
永延
永祚
正暦
長徳
長保
寛弘
長和
寛仁
治安
万寿
長元
長暦
長久
寛徳
永承
天喜
康平
治暦
延久
承保
承暦
永保
応徳
寛治
嘉保
永長
承徳
康和
長治
嘉承
天仁
天永
永久
元永
保安
天治
大治
天承
長承
保延
永治
康治
天養
久安
仁平
久寿
保元
平治
永暦
応保
長寛
永万
仁安
嘉応
承安
安元
治承
養和
寿永
元暦
文治
建久
正治
建仁
元久
建永
承元
建暦
建保
承久
貞応
元仁
嘉禄
安貞
寛喜
貞永
天福
文暦
嘉禎
暦仁
延応
仁治
寛元
宝治
建長
康元
正嘉
正元
文応
弘長
文永
建治
弘安
正応
永仁
正安
乾元
嘉元
徳治
延慶
応長
正和
文保
元応
元亨
正中
嘉暦
元徳
元徳
元弘
正慶
建武
南朝
建武
延元
暦応
興国
康永
貞和
正平
観応
文和
延文
康安
貞治
応安
建徳
文中
天授
永和
康暦
弘和
永徳
元中
至徳
嘉慶
康応
明徳
応永
正長
永享
嘉吉
文安
宝徳
享徳
康正
長禄
寛正
文正
応仁
文明
長享
延徳
明応
文亀
永正
大永
享禄
天文
弘治
永禄
元亀
天正
文禄
慶長
元和
寛永
正保
慶安
承応
明暦
万治
寛文
延宝
天和
貞享
元禄
宝永
正徳
享保
元文
寛保
延享
寛延
宝暦
明和
安永
天明
寛政
享和
文化
文政
天保
弘化
嘉永
安政
万延
文久
元治
慶応
明治
大正
昭和
平成

その時時の情勢や願いが込められています。

新しい元号は、
内閣が有識者と議論し決定、政令として出します。
この時の慌ただしさは昭和から平成になるの模様が記憶に新しいですね。

平成が選定されるときに、
他には『正化』『修文』というものが候補だったそうです。

それでは、なぜ平成になったのか?
誕生日などを記すときに、M=明治 T=大正 S=昭和と書きますね。
つまりは、元号の略のアルファベッドの頭文字が被ってしまうから【平成=H】が選ばれたと言われています。

ネットでは

  • 成を使ったもの
  • 平治
  • 明成

といったものが出ていました。

が、「やすい」という文字が入っていたり、HやMが含まれていたりとどれもピンときません。

私の予想だと、M、T、S、H以外の物となると、

弘化、嘉永、慶應の頭文字Kとなるのではないかと読んでいます。

しかし、具体的な漢字2字は出てきません。

ネットでよく現れる未来のタイムスリッパーが居たら教えて下さい。

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天皇が生前退位された時、元号が変わるタイミングは?

天皇陛下が生前退位された時、どのタイミングで元号が変わるかですが、昭和から平成に変わる時は昭和天皇が崩御されたタイミングでした。今回は生前退位ということになりますので、その時とは違いますね。平成のままでいいと言う意見もありますが、改定しなければなりません。

平成のままで生前退位をという意見を述べる人もいますが、
日本で一番短い法律を変えなければなりません。

第1項 元号は、政令で定める。
第2項 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。

「皇位の継承があった場合に限り改める」ここの解釈がチョット問題ですね。
皇位の継承がないと改めることが出来ない。と捉えるのが一般的でしょうが、
皇位の継承があった時に改めるとも取れます。

ふつうは皇位継承があった場合に元号を変えますよね。
レジスター等のシステム的な問題だけで語ることではありません。

    ■関連記事:元号廃止、西暦統合について意見を書きました。
   →天皇陛下が生前退位後、雅子様は皇后に相応しいのか?という話

天皇陛下が変わる時は、時代が変わるのですから、元号も改められるべきだと思います。
今の時代は良くても、未来から現在を振り返る時に平成と云う括りが曖昧な形になると思います。

それは加算していくだけの西暦も同じで、100年単位で区切ると、
その1年目から100年目までは全然違った文化や時代でしょうから意味をなしません。

歴史や時代を作るとはそういうことなのです。

それは公文書も同じで、
いつの時代の何月何日に何があったと明記されて簡単に平成なり、昭和なりを振り返ることが出来るようにして置かなければならないのです。

で本題ですが、

タイミングですが、恐らく私の予想だと、生前退位の場合は予め元号が発表されると思います。1年前くらいには発表されていて、機械的なトラブルを回避させると思います。ですので、タイミング的には予め発表されていて、新しい天皇陛下が継承したその時だと私は思いますよ。

まとめ

生前退位には様々な問題が隠されています。退位後の呼称(元号+天皇は崩御後の呼び方。法皇などは過去にあったが天皇よりも上の位の呼び名)、住居、皇太子が不在など問題は山積みです。元号法もですが、女系天皇も含めた皇室典範の見直しが必要な時期なのかもしれませんね。

ちなみに現在の皇室典範は昭和22年に制定されたもので、旧皇室典範は明治22年2月11日に制定となっています。
どちらも「皇位は男系の男子が継承する」と明記されています。